「胡弓ってどんな楽器?」と尋ねられて
「三味線を小さくしたような楽器」と答えることがよくあります。
三味線に動物の皮が張ってあることはよく知られていますが、胡弓の皮は、どうなの??
基本的には三味線と同じ
三味線の皮は、かつては猫の皮が中心でした。猫は繁殖力が旺盛で、江戸時代から巷にたくさん生殖していたものと想像されます。
明治以降、都市整備や近代化が進むにつれて猫は少なくなり、野山に生息する野犬の皮が代替として広がっていきました。三味線の場合、長唄や地唄といった古典芸能では主に猫を、民謡や津軽三味線といった新しいジャンルでは犬を使う傾向があります。
では胡弓はというと、事情は三味線と同じで、古典芸能では猫、それ以外は犬、といったところです。
流通量の関係から猫の皮は価格が高く、犬は安価ということもあり、特にこだわりがなければ、犬皮をはる場合も多いようです。
いずれの場合も、三味線より薄めの皮を使用し、胴の面積が狭いからといって三味線より安価になることはなく、むしろ薄い皮は希少なので、三味線より張替にお金がかかる場合もあります。
動物の皮について
昨今は動物愛護の声が高まっており、この手の話はあまりしないのですが、、、伝統に基づいた話ということでご理解ください。現在は合成皮の開発も進んでおり、動物の皮から合成皮へ移行するのも、そう遠い未来ではないと、個人的には思います。と前置きしたうえで、猫はお腹の皮を利用します。
薄い皮の方がベターということは若い子猫であればよりよい、ということになります。若さの目安は薄さと「傷」の数。傷が増えるのは生きている証、というのは、命あるものすべて同じ。薄くて傷がないキレイな猫の皮は、希少で高価ということになります。
猫はお腹に八つの乳があり、そのうちの半分を使うことから「四ツ皮」と呼ばれます。この乳も成長するほどに大きく、そして、それぞれの間隔も大きくなっていきます。よって、四つの乳(本当は八つ)がコンパクトにまとまっているものほど若い、ということになり、高い値がつく場合があります。
ただし、これらの話が直接「いい音」につながるか?というと、そうではありません。若い=皮が薄いということは、主要な音域での音色は優れていても、強弱など表現の幅が限られる、ということも無きにしもあらず。要は皮の特性を知り、皮に応じて駒の高さや位置、材質を使い分ける、ということにあります。(これについては「ふれる」参照)
一方、犬については猫の代替としての経緯からわかる通り、猫に近い音を奏でます。三味線においては、犬の特性がより活きるジャンル、例えば津軽三味線においては猫よりも犬が好まれる、といったことがありますが、胡弓においては、猫絶対主義的な考え方が色濃く残ります。
猫は柔らかく面で広がり、犬は縦に伸びる、といった分析もあり、胡弓という楽器の特性から猫が相性がよい、ということが理由にあるかと思われます。
おわら胡弓の皮はちょっと特殊
胡弓は(三味線と同じように)表と裏の両面があります。表と裏は同じ皮をはる、つまり、表が犬なら裏も犬、表が四つなら裏も四つというのが基本的な考え方なのですが、富山県八尾町に伝わる「おわら胡弓」は、「表が四つで裏が犬」という組み合わせで張ります。
こんな張り方は、三味線も含めて他にはなく、おわら胡弓独特の張り方です。いつの時代からこうなったか?は正確にはわかりませんが、昭和後期によく知られた町の胡弓名人がこのような張り方をしたのが好評で広まった、という説があり、そう昔からの習慣でもないと思われます。
2つほど理由を想像してみました。
①音が良いとされる「四つ」を表に張りながらも、おわら風の盆の街流しでは、音が遠くまで伸びる「縦」の導線も求められるため、その特性のある「犬」を裏に張った。
②おわら風の盆は町民、つまり、庶民の文化であり、両面に「四つ」を張ると高価なため、音への影響が少ない裏面は「犬」とした。
本当の理由はわかりませんが、確かに、おわら独特の音の伸びは、この異なる2つの皮の組み合わせによって醸し出されるような気がします。おわらがもつ長い歴史から生まれた「答え」なのかもしれません。
皮に替わるものは?
世界中の民族楽器は、特に打楽器においては動物の皮を使ってきました。
牛や山羊や馬など、その命の一部をいただいて音を紡いできました。昨今は動物愛護の観点から、それらは樹脂へ代替が進んでいます。三味線においても、合成樹脂の開発が進み、多くの場面で人口皮が使われるようになっています。
さて、胡弓はというと、まだ演奏人口が少ないということもあって、動物の皮に替わる合成樹脂の開発は進んでいません。胡弓用合成樹脂と謳っている商品もありますが、本来の胡弓の音に近づけるには、なかなかの工夫が必要です。
その一方で、皮の替わりに「木」を使った胡弓があります。
音がなる共鳴部に、皮ではなく「杉」を使用し、さらには、棹も「杉」で削り出し、楽器を構成する9割以上に「杉」を使ったものです。その名も「森の胡弓」。
杉は国内の森林の2割近くを占める、日本を代表する木であり、古くから日本人の暮らしと身近なところにありました。古来より日本の人々の「呼吸」を感じてきた杉は、まさに「胡弓」の材料として相応しい、という訳です。
さて、この「森の胡弓」、実力はいかに?については、「しる」のコーナーを参照ください。コレ、なかなか面白い楽器ですよ。