胡弓の世界観を拡張し続けてきたフロンティア
日本の抒情歌とオリジナリティを大切にする独自のスタイルで、30年以上にわたり胡弓の新たな世界観を切り拓いてきた倉本さん。
その音跡は、日本三名園のひとつ・兼六園や、世界に誇る日本の名湯・和倉温泉加賀屋などでの定期的な公演を通して、石川県内の名だたる名跡・名所に刻まれてきた。
胡弓界のフロンティアにひとりとして、コロナ禍も能登半島地震も乗り越えて、さらに力強く前進しようとしている。
インタビュー
倉本さんの演奏は、兼六園や和倉温泉、しいのき迎賓館や県立美術館など、石川県の観光スポットでよく耳にします。胡弓の音色を多く方に届ける、という姿勢で、公共の場所での演奏を積極的に行っていらっしゃるのですね。
音色に耳を傾けていただける環境、それさえよければ
素敵な環境の中で、胡弓の演奏を楽しんでいただけているかと思います。聴いていただく側だけでなく、自分が気持ちよく演奏できる場所を好んで選んでいるんです。環境さえよければ、どこへでも行きますよ(笑。
逆に、ガヤガヤとうるさい所とか、胡弓に向かない場所では演奏しないようにしてます。静かな場所でじっくりと聞いてもらったほうが、達成感がありますから。
胡弓の音色に耳を傾けてもらえる、その魅力が活かせる場所で演奏したいと思ってます。
お稽古場兼ライブスペースとして構えた「遊竹庵(ゆうちくあん)」を活動拠点に、石川県内の文化センター4カ所で胡弓教室を開設。胡弓の普及に積極的に取り組んでいる倉本さん。お稽古では主にどんな曲を教えて、またライブではどんな曲を演奏している?
思いをのせて演奏できればいい
お稽古では主に「抒情歌(じょじょうか)」を伝えています。「ふるさと」等の童謡はじめ、みんなが知っている曲が中心ですね。抒情歌は旋律の美しさも去ることながら、言葉がものすごく綺麗で、それぞれに意味があるんです。
例えば「五木の子守唄」は、自分の子ではなく、奉公に出されて人の子をあやす作業歌であって、どちらかというと悲しい唄。モーツアルトがつくるヨーロッパの子守唄との決定的な違いがあるわけです。
奉公に出されたような苦しい時代があって、今の幸せな日本があるという、そこまで考えながら私はプレイするわけですが、生徒さんにそこまで言ってしまうと重たくなりますね(笑。
生徒さんには、ただ弾ければいいということではなく、唄のなかの言葉の意味を伝えて、懐かしい気持ちや優しい気持ちとか、胡弓に思いをのせて演奏できたらいいねって伝えてます。
和楽器を身近に感じて欲しい
「遊竹庵(ゆうちくあん)」を作るとき、人が集まって和楽器の演奏を聴きながらお酒を飲むという空間にしたかった。お酒は今のところ出してはないですが(笑。和楽器を遠い存在ではなく、身近に感じて欲しいな、ということで、小さくてもいいからライブできるようにしたんです。
コロナ禍でも、こんなときこそ音楽は無くしてはいけないと思って、年に数回ライブをやりました。能登半島の震災後は、能登復興支援の一環として、5000円や1万円でもいいから入場料の一部を避難所に寄付する活動をしてます。金額よりも、みんなで意識を共有することが大切、目に見える支援を続けていくのが大切と思って続けています。
遊竹庵でライブをやる時は、出演者に気持ちよく演奏していただく環境を提供したいと奔走しているので、胡弓はあまり弾きません。私は1〜2曲、乱入させていただくというのが理想(笑。遊竹庵では胡弓を売り込もう、ということではなく、出演者の方をはじめ色んな人との繋がりを増やし、そのなかで胡弓を活かす機会が増えればということやっています。
文化譜の採譜形式で綴られた「胡弓文化譜・入門編」は、今から20年以上前、自身でワープロで制作したという。この本に含まれる曲以外にも、軽く100曲は超える楽譜を自身で制作し、お稽古でも使用しているという。
音と音の間を大切にすると感動が生まれる
楽譜はありますが、楽譜に載せている音に魅力があるんじゃなくて、音と音の間にあるもの、行間というか、数字と数字のあいだを大事に弾こうねっていっています。技術的には伸ばしているときのビブラートとか、指の運びだとか、強弱とか、ちょっとしたことで演奏がガラッと変わる。
そういうことを大事にして、意識して弾けば、たとえ1曲でも人を感動させられる演奏になるんです。1音をきちんとと出すということに努力がいる、精神面の頑張りも要求される楽器ですね。今はなんでも効率的に、と言われる時代だけど、真逆を行っている楽器。そういう意味で、お子さんの教育にも適した楽器だと思います。
そうはいってもなかなかできなかったりするので、時には厳しくなることもあるんだけどね(笑。まずは楽しく、日本の美しい歌を大切に弾こうね、って言いながらお稽古してます。
津軽三味線の大会で優勝するなど、多方面で活躍される倉本さん。胡弓をはじめたのは、いつから?
年を重ねるごとに蓄積する趣味
若い頃は、冬はスキーに夏はジェットスキーといったアウトドアからお酒も何もかも、あらゆる遊びをやり尽くしまして。ロックが好きで、ローリングストーンズやイーグルスを聴いて、来日したクイーンやエアロスミスを追っかけしてました(笑。
30歳を超えた頃、ある芸術家の方に、こう言われたんです。
「日焼けしたり、怪我したりする趣味、つまり消耗していく趣味ではなくて、年を重ねるごとに蓄積する趣味を持ちなさい」と。この言葉が響きましてねえ。
今からギターやバイオリンではないなあ、と。三味線だったらあと50年はできるなあと思って、三味線をはじめたんです。50年あればすごい三味線弾きになれるだろうと。
まず近所の民謡の先生のところに行きました。2年くらいでそこそこ弾けるようになったので、80歳くらいのお婆さんの前で弾いて、褒められると思ったら「まだまだこれからやね」と指摘されました。ちょっと和楽器を舐めてましたね(笑。10年経たないと、格好も決まらない。一音をきちんとと出すことに努力がいる。コツコツとただひたすらに、丁寧にやり続けるしかない。楽はない。そう思いました。
そして民謡「越中おわら節」を習ったとき、はじめて胡弓に出会いました。本場の富山県八尾町に行って、すごい音やなあ~と感動したのが、胡弓をはじめたきっかけ。胡弓を色々なところで弾いているうちに、幸いなことに演奏仲間が増えていき、ご縁があって北國新聞文化センターで胡弓を教える機会に恵まれ、生徒さんを教えるとともに私も育ててもらったという感じです。
今から思えば、はじめて間もない胡弓の教室を持つなんて、よくやったな〜と思いますが「やるかやらないか?」選択肢があった場合、できるものなら「ちょっと無理してなんでもやったほうがいい」というのが私の信条。「すごく大変」はだめだけど、いつも「ちょっと大変」なほうを選んだことで、今の自分があるような気がしてます。
長い努力と精進の積み重ねにより、胡弓の新たな可能性を切り開いてきた倉本さんに、改めて、胡弓の魅力とこれからの目標について伺います
優しく、懐かしく、悲しい気持ちを表現できる楽器
胡弓は日本人の琴線に触れる楽器、DNAというか、それを掻き立てる楽器と思いますね。
我々はみんな原風景というか、懐かしいという感覚をどこかにもっている。
私も若い時はやんちゃをしましたが、今は心が丸くなるというか、優しくなるというか。誰もが持っている、例えば親が大事、家族や友達が大事とか、どこかに持っている優しく、懐かしく、悲しい気持ちを素直に出せる楽器が、胡弓です。そして、そういう心があった方が、いい演奏ができる、胡弓はそれを表現することができる楽器ですねえ。
胡弓を演奏していると、自分自身も癒されるんです。誰のためでもない、自分のために演奏している、最近はそんな気がします。
演奏者としては、これからも新しい曲にどんどん挑戦していきたいけど、難しいところは、胡弓の音色を殺すような曲であってはならない。胡弓に向いた曲を探し、伴奏を考え、若い人にもわかりやすい曲のなかで胡弓の魅力を伝える、そういった演奏や選曲をしていかなくてはいけないと思ってます。
そして何よりも「思い」がある曲を弾いていきたい、本当に心から好きな曲、この曲を伝えたいと思える曲を胡弓で伝えていきたい。日本の心の歌をテーマに、綺麗なメロディーで、感動を与えられる演奏をしていきたいと思っています。
基本情報
倉本由美子(くらもとゆみこ)・石川県白山市生
連絡先/076-275-0864・メール/co9-yumi@asagaotv.ne.jp
■教室情報
遊竹庵(ゆうちくあん)/石川県白山町
北國新聞文化センター/金沢教室、白山教室、小松教室